ブログ

2022.6.10

ニューデリーの喧騒と人いきれから逃れるように北部の都市
チャンディーガルへ。

「チャンディーガル」はフランスの建築家コルビュジェが計画した都市。
ニューデリーの雑駁さからギャップがありすぎたせいか、正直なところ
スカスカで大雑把な街だなぁ、という感想。
千葉の幕張新都心を初めて訪れた時も同じような印象を受けました。
そこに住む”人々の暮らし”と”街のスケール”がしっくりしない。
”現実”の暮らしと”理念”としての都市がうまく調和できていない。

何百年と時間を掛けて自然に成り立ってきた街と、一人の建築家の頭脳を
頂点として計画された街、生活の場としてのディテールの圧倒的な落差を
感じました。

それでもそこに暮らす人々は明るくしぶとくけなげです。
何日か中心部へ脚を運びスケッチをしていたのですが、「何描いてんの?」
と子供たちは気軽に話しかけてくれますし
特に印象深かったのは白いセーターを着た中年紳士、
僕が露店で買ったピザを食べていると、
「きみ、すまないがちょっといいかな。
その、君の食べている”それ”
もしよければ私に一枚シェアする気はないかい。」
と澄み切った瞳で語りかけて来ます。

こんな紳士にこんなに穏やかに食べ物を催促された事はなかったので
「もちろん。」
とピザを一切れ渡し、二人で道端に座りながらもぐもぐ食べました。

チャンディーガルを離れアグラのタージマハルへ、
第5代ムガル皇帝がなくなった妃のためにつくった巨大な墓。

プロポーションのうつくしい外観は写真で何度も目にしていましたが
実際に身を運んでみると圧倒的な石の質量。
内部空間はほぼおまけのようなもの、みっちりと詰まった大理石の
放つ存在感はまさに墓標。
これだけの大きさの”墓”をつくらせた皇帝の狂気を感じるとともに
”建築”は権力者・為政者の”圧倒的なパワー”を知らしめるための手段として使われて来た事を改めて実感。
ただそのパワーと狂気が桁外れだったからこそ、何世紀にも亘り
”建築”として存在し、持続し続けているのかもしれません。

デリーの喧騒、チャンディーガルの空疎、タージマハルの狂気、
いろいろなものに当てられ疲れ気味、引きずるように旅を続けます。

Category
インド建築放浪
Tag