東京都現代美術館へ「吉阪隆正展」を見に行って来ました。
茫洋とした佇まいで煙草をふかす吉阪さん、その周りに
学生さん達が嬉しそうに寄り添っている映像が印象的でした。
吉阪さんは若者達が身を寄せる大きな傘のような存在だったのですね。
2度の大戦を経験した吉阪さん、
「自邸」にも「セミナーハウス」にもどこか焼け跡のバラックの
記憶が染みついているように感じました。
「今、人間は何をいちばん求めているかを語り、これを具象的に示す事だ。
能率中心の考えからすれば、むだだということかもしれない。
どこまでもどこまでも広がってしまった世界では、
何かのよりどころという事かもしれない。
生きているのだという象徴が欲しいのだ。
どれもこれも相互性のある部品化してしまった世界に、
それでも私はここにいると示したいのだ。」
自分を風車に向かうドンキホーテになぞらえて「有形学」を立ち上げた吉阪さん。
深い眼差しを持った建築家の言葉には、ゴロっとした確かな手触りを感じます。